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古の山伏達の行場を往く。
古来からの日光修験道の行者達が修行した行場や霊場のいくつかを御紹介します。 現代でも日光修験道の行者達によって修行が行われているのです。


裏見瀧(荒澤)

裏見瀧 裏見滝
大谷川(だいやがわ)の支流、荒沢川の上流にある、高さ約四十五メートルの滝。滝の裏には不動明王が祀られている。五月と十月の二十八日には荒澤不動尊護摩供が修されている。

滝修行場
裏見滝の左端の滝は、水量も程良く、足元も平らなので、滝修行を行うことができる。 観光地なので、早朝に行かないと、裸体を観光客に見られてしまうことも……。


憾満が淵(含満が淵)

男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝で、古くから不動明王が現れる霊地といわれる。 川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、晃海大僧正が真言の最後の句の「かんまん」を取り憾満が淵と名付けたという。 晃海はこの地に慈雲寺や霊庇閣、不動明王の大石像などを建立した。

慈雲寺
承応三年(1654)に、憾満が淵を開いた晃海大僧正が創建し、阿弥陀如来と師の慈眼大師の像を祀った。 当時の建物は明治三十五年(1902)九月の洪水で流失し、現在の本堂は昭和四十八年に復元された。 七月十四日に輪王寺により盂蘭盆会の法要が営まれる。

弘法の投筆
対岸の絶壁に刻まれたカンマン(不動明王)の梵字は、弘法大師が筆を投げて彫りつけたという伝説があるが、実は、この地を開いた晃海が能書家の山順僧正の書した梵字を刻ませたもので、晃海と空海(弘法大師)の音が似ていたため誤ったのであろう。(写 真では分かりづらいが、葉の裏に梵字が彫られている。)

並び地蔵(化け地蔵)
慈眼大師天海の弟子約百名が、「過去万霊、自己菩提」のために寄進したもので、列座の裏には親地蔵が置かれていた。 霊庇閣に一番近いやや大きめの石地蔵は「かんまん」の梵字を書いた山順僧正のものである。 明治三十五年(1902)の大洪水で親地蔵と他の地蔵のいくつかが流された。 また、参詣者がこの地蔵の数を数えてみると、そのつど数が違うというところから化け地蔵とも呼ばれるようになった。


行者堂

行者堂は、修験者の修行場として建てられた切妻造りの簡素な建造物である。 本尊は奈良時代の山岳呪術者、修験道の祖、役小角である。 役行者が非常に健脚であったので、足が丈夫になるようにとの信仰があり、草鞋の奉納が多い。 ここは女峰山へ向かう登山口で、峰修行の行者の拝所でもあった。 堂の創立年代は不明であるが、輪王寺の記録によると、天正三年(1575)桜本坊宗安によって再興されたと伝えられている。 その後幾度か修理を経て今日に至っている。 正面の一間は土間で、二間目から一段高くなっており、奥の一間に壇を設けて、役小角と前鬼、後鬼を配している。







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企画・制作:日光修験道







 


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